・・・この特徴を形造った大天才は、やはり凡ての日本的固有の文明を創造した蟄居の「江戸人」である事は今更茲に論ずるまでもない。もし以上の如き珍々先生の所論に対して不同意な人があるならば、請う試みに、旧習に従った極めて平凡なる日本人の住家について、先・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・従ってこの篇の如きも作者の随意に事実を前後したり、場合を創造したり、性格を書き直したりしてかなり小説に近いものに改めてしもうた。主意はこんな事が面白いから書いて見ようというので、マロリーが面白いからマロリーを紹介しようというのではない。その・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・かくありて後と、あらぬ礎を一度び築ける上には、そら事を重ねて、そのそら事の未来さえも想像せねばやまぬ。 重ね上げたる空想は、また崩れる。児戯に積む小石の塔を蹴返す時の如くに崩れる。崩れたるあとのわれに帰りて見れば、ランスロットはあらぬ。・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・哲学には論理的能力のみならず、詩人的想像力が必要である、そういう能力があるか否かは分らないといわれるのである。理においてはいかにも当然である、私もそれを否定するだけの自信も有ち得なかった。しかしそれに関らず私は何となく乾燥無味な数学に一生を・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・それは創造的過程であるのである、故に自覚的であるのである。時を媒介とするのではない、時の過程はそこからであるのである。故に直観は無限の過程である。私はこれを、自己自身によってある実在が、自己の中に自己を映す無限の過程という。直観ということは・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・だが次の瞬間には、何人にも想像されない、世にも奇怪な、恐ろしい異変事が現象した。見れば町の街路に充満して、猫の大集団がうようよと歩いているのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、髭の生えた猫の顔が、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・を詩人にした。 今、第三金時丸は、その島々を眺めながらよろぼうていた。 コーターマスターは、「おもて」へ入った。彼は、騒がしい「おもて」を想像していた。 おもての中は、然し、静かであった。彼は暫く闇に眼を馴らした後、そこに展・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・弟も妹も平田から聞いていた年ごろで、顔つき格向もかねて想像していた通りで、二人ともいかにも可愛らしい。妹の方が少し意地悪ではないかと思ッていたことまでそのままで、これが少し気に喰わないけれども、姉さん姉さんと慕ッてくれて、東京風に髪を結ッて・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・之に処するに智恵を要するは無論、その緻密微妙の辺に至りては、口以て言う可らず、筆以て記す可らず、全く婦人の方寸に存することにして、男子の想像にも叶わず真似も出来ぬことなり。是等の点より見れば男子は愚なり智恵浅きものなりと言わざるを得ず。され・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 嘉永年中、開国の以来、我が日本はあたかも国を創造せしものなれば、もとより政府をも創造せざるべからず。ゆえに旧政府を廃して新政府をつくりたり。自然の勢、もとより怪しむに足らず。その後、廃藩置県、法律改定、学校設立、新聞発行、商売工業の変・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
出典:青空文庫