出典:青空文庫
・・・いやしくも文芸にたずさわる以上、だれでもぜひ一所懸命になってこれに全精神を傾倒せねばだめであるとはいわない。人生上から文芸を軽くみて、心の向きしだいに興を呼んで、一時の娯楽のため、製作をこころみるという、君のようなやり方をあえて非難するまで・・・ 伊藤左千夫 「去年」
・・・といって貸してやったら、その人はまたこれをその家へ持っていって一所懸命に読んで、暁方まで読んだところが、あしたの事業に妨げがあるというので、その本をば机の上に抛り放しにして床について自分は寝入ってしまった。そうすると翌朝彼の起きない前に下女・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 政ちゃんは、うまく描けて、いいお点をもらったら、おばあさんのところへ送ってあげて、見せようと思ったので、一所懸命で描きはじめました。 つぎは、算術の時間でした。ベルが鳴って、みんな教室にはいったときです。「僕に、りんごをおくれ・・・ 小川未明 「政ちゃんと赤いりんご」
・・・どうしたんだと訊くと、いや喜んで貰いたい、自分のような男にも女房になってやるという女が出来た、自分は少々歪んでても、曲っててもいい、女房になってくれる女があれば、その女のために一所懸命やろうと思っていたが、到頭その機会が来た、自分は今までの・・・ 織田作之助 「世相」
・・・お医者は一所懸命で、その若い奥さまに、いまがだいじのところと、固く禁じた。奥さまは言いつけを守った。それでも、ときどき、なんだか、ふびんに伺うことがある。お医者は、その都度、心を鬼にして、奥さまもうすこしのご辛棒ですよ、と言外に意味をふくめ・・・ 太宰治 「満願」
・・・私は一所懸命にその演説者の言葉の意味を拾おうと思って努力したが、悲しい事には少しも何の事だか分らなかった。ただ時々イエネラール何とかいう言葉を繰返すのがやっと聞きとれただけであった。 演説者は脊の低い男で、顔が写真で見たトロツキーによく・・・ 寺田寅彦 「夢」
・・・一番ひどい場合は、今から七、八年前になりますか、女の作家が非常にたくさんいろいろの仕事をした時代がありますが、ちょうど太平洋戦争の前の時期で、女の人は一所懸命にいい小説を書きたいという努力からいわゆる婦人作家といわれるものが登場して来ていろ・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」