出典:青空文庫
・・・それを僅々数時間あるいはむしろ数分間の調査の結果から、さもさももっともらしく一部始終の顛末を記述し関係人物の心理にまでも立ち入って描写しなければならないという、実に恐ろしく無理な要求である。その無理な不可能な要求をどうでも満たそうとするとこ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・大人から云えば、ただ見ていて事件の進行と筋の運び方さえ腑に落ちればそれですむのですけれども、悲しいかな子供にはそれほど一部始終を呑み込む頭がない。と云ってただ茫然と幕に映る人物の影がしきりに活動するのを眺めている訳にも行かない。どうかしてこ・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・すると、良人はその一部始終をきいて、静かに、眼を伏せながらいった。「お帰り。」女は「だって……」と了解しかねていうと良人は昂奮し、「ここへ来て、そんな問題がどう片づくというんだ。そんなことで部署をすてて、それでこれからどうするというんだ・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ シュールダンの酒店の卓に座して、かれはまたもや事の一部始終を説きはじめた。 するとモンチヴィエーの馬商がかれに向かって怒鳴った、『よしてくれ、よしてくれ古狸、手前の糸の話ならおれはみんな知っている!』 アウシュコルンは吃っ・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・市太夫は和尚の旅館に往って一部始終を話して、権兵衛に対する上の処置を軽減してもらうように頼んだ。和尚はつくづく聞いて言った。承れば御一家のお成行き気の毒千万である。しかし上の御政道に対してかれこれ言うことは出来ない。ただ権兵衛殿に死を賜わる・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・しかしこれはちとの臆する気色もなしに、一部始終の陳述をした。祖母の話を物陰から聞いた事、夜になって床に入ってから、出願を思い立った事、妹まつに打ち明けて勧誘した事、自分で願書を書いた事、長太郎が目をさましたので同行を許し、奉行所の町名を聞い・・・ 森鴎外 「最後の一句」