出典:青空文庫
・・・兎に角、あの原稿は徹頭徹尾、君のそういう思い過しに出ているものだから、大変お気の毒だけれども書き直してはくれないだろうか。どうしても君が嫌だと云えば、致し方がないけれども、こういう誤解や邪推に出発したことで君と喧嘩したりするのは、僕は嫌だ。・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ ――この小説は徹頭徹尾、観念的である。肉体のある人物がひとりとして描かれていない。すべて、すり硝子越しに見えるゆがんだ影法師である。殊に主人公の思いあがった奇々怪々の言動は、落丁の多いエンサイクロペジアと全く似ている。この小説の主人公・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・これは、ひょっとしたら、馬場と私との交際は、はじめっから旦那と家来の関係にすぎず、徹頭徹尾、私がへえへえ牛耳られていたという話に終るだけのことのような気もする。 ああ、どうやらこれは語るに落ちたようだ。つまりそのころの私は、さきにも鳥渡・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・伊村説は、徹頭徹尾誤謬であったという事が証明せられた。ウソであったのである。私は、サタンでなかったのである。へんな言いかたであるが、私は、サタンほど偉くはない。この世の君であり、この世の神であって、彼は国々の凡ての権威と栄華とをもっているの・・・ 太宰治 「誰」
・・・要するに私の恋の成立不成立は、チャンスに依らず、徹頭徹尾、私自身の意志に依るのである。私には、一つのチャンスさえ無かったのに、十年間の恋をし続け得た経験もあるし、また、所謂絶好のチャンスが一夜のうちに三つも四つも重っても、何の恋愛も起らなか・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・宗教的どころか、徹頭徹尾、人為的である。けれども、これにも何か不思議がある。人為の極度にも、何かしら神意が舞い下るような気がしないか。エッフェル鉄塔が夜と昼とでは、約七尺弱、高さに異変を生ずるなど、この類である。鉄は、熱に依って多少の伸縮が・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・ 今銀座のカッフェーに憩い、仔細に給仕女の服装化粧を看るに、其の趣味の徹頭徹尾現代的なることは、恰当世流行の婦人雑誌の表紙を見る時の心持と変りはない。一代の趣味も渾然として此処まで堕落してしまって、又如何ともすることの出来ぬものに成り了・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・云い換えれば研究の対象をどこまでも自分から離して眼の前に置こうとする。徹頭徹尾観察者である。観察者である以上は相手と同化する事はほとんど望めない。相手を研究し相手を知るというのは離れて知るの意でその物になりすましてこれを体得するのとは全く趣・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ 従って余の博士を辞退したのは徹頭徹尾主義の問題である。この事件の成行を公けにすると共に、余はこの一句だけを最後に付け加えて置く。――明治四四、四、一五『東京朝日新聞』―― 夏目漱石 「博士問題の成行」
・・・ヘダ・ガブレルと云う女は何の不足もないのに、人を欺いたり、苦しめたり、馬鹿にしたり、ひどい真似をやる、徹頭徹尾不愉快な女で、この不愉快な女を書いたのは有名なイブセン氏であります。大変に虚栄心に富んだ女房を持った腰弁がありました。ある時大臣の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」