出典:青空文庫
・・・ しかし、空拳と無芸では更に成すべき術もなく、寒山日暮れてなお遠く、徒らに五里霧中に迷い尽した挙句、実姉が大邱に在るを倖い、これを訪ね身の振り方を相談した途端に、姉の亭主に、三百円の無心をされた。姉夫婦も貧乏のどん底だった。「百円は・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ほんとうの死因、それは私にとっても五里霧中であります。 しかし私はその直感を土台にして、その不幸な満月の夜のことを仮に組み立ててみようと思います。 その夜の月齢は十五・二であります。月の出が六時三十分。十一時四十七分が月の南中す・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・なんとかして巧く言いのがれなければ、と私は必死になって弁解の言葉を捜したのでございますが、なんと言い張ったらよいのか、五里霧中をさまよう思いで、あんなに恐ろしかったことはございません。叫ぶようにして、やっと言い出した言葉は、自分ながら、ぶざ・・・ 太宰治 「燈籠」
・・・ふっと気がついたら、そのような五里霧中の、山なのか、野原なのか、街頭なのか、それさえ何もわからない、ただ身のまわりに不愉快な殺気だけがひしひしと感じられ、とにかく、これは進まなければならぬ。一寸さきだけは、わかっている。油断なく、そろっと進・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・もし問題の分析をせずに研究すればいつまでたっても要領を得ないで五里霧中に迷うような事になってしまう。甲の場合に試験した結果と乙の結果と全然齟齬したりするのは畢竟このためである。これはあまりに明白な平凡な事ではあるが、全く新しい方面に物理学を・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」