出典:青空文庫
・・・ 南無三宝! 私は恥を言おう。露に濡羽の烏が、月の桂を啣えたような、鼈甲の照栄える、目前の島田の黒髪に、魂を奪われて、あの、その、旅客を忘れた。旅行案内を忘れた。いや、大切な件の大革鞄を忘れていた。 何と、その革鞄の口に、紋着の女の・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・……よちりと飛附く。……南無三宝、赤蜻蛉は颯と外れた。 はっと思った時である。「おほほほほ。ははははは。」 花々しく調子高に、若い女の笑声が響いた。 向うに狗児の形も、早や見えぬ。四辺に誰も居ないのを、一息の下に見渡して、我・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 南無三宝と呆気に取られて、目をみはった鼻っ先を、件の蝙蝠は横撫に一つ、ばさりと当てて向へ飛んだ。 何様猫が冷たい処をこすられた時は、小宮山がその時の心持でありましょう。 嚔もならず、苦り切って衝立っておりますると、蝙蝠は翼を返・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・うがよいと考えましたので、切符を二枚買い入れ、それから三日目、奥さまも、よほど元気になったし、お客の見えないのをさいわい、逃げるように奥さまをせきたて、雨戸をしめ、戸じまりをして、玄関に出たら、 南無三宝! 笹島先生、白昼から酔っぱ・・・ 太宰治 「饗応夫人」