出典:青空文庫
・・・僕の父はこう云う時には頗る巧言令色を弄した。が、生憎その勧誘は一度も効を奏さなかった。それは僕が養家の父母を、――殊に伯母を愛していたからだった。 僕の父は又短気だったから、度々誰とでも喧嘩をした。僕は中学の三年生の時に僕の父と相撲をと・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・非常に惰弱になって巧言令色である。少からず遺憾に思っている。吉田生。」 月日。「一言。僕は、僕もバイロンに化け損ねた一匹の泥狐であることを、教えられ、化けていることに嫌気が出て、恋の相手に絶交状を書いた。自分の生活は、すべて嘘で・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・その光栄の失敗の五年の後、やはり私の一友人おなじ病いで入院していて、そのころのおれは、巧言令色の徳を信じていたので、一時間ほど、かの友人の背中さすって、尿器の世話、将来一点の微光をさえともしてやった。わが肉体いちぶいちりん動かさず、すべて言・・・ 太宰治 「創生記」
・・・私は、死ぬるとも、巧言令色であらねばならぬ。鉄の原則。 いま、読者と別れるに当り、この十八枚の小説に於いて十指にあまる自然の草木の名称を挙げながら、私、それらの姿態について、心にもなきふやけた描写を一行、否、一句だにしなかったことを、高・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・ほととぎす、いまわのきわの一声は、「死ぬるとも、巧言令色であれ!」 このほか三通、気にかかっている書簡があるのだけれど、それらに就いては後日、また機会もあろう。追記。文芸冊子「非望」第六号所載、出方名英光の「空吹く風」は・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・しばらく議事堂や警視庁の建築をながめたあとで、眼を返してお濠と土手とをながめるならば、刺激的な芸のあとに無言の腹芸を見るような、もしくは巧言令色の人に接したあとで無為に化する人に逢ったような、深い喜びを感ずるであろう。そうしてさらに門内に歩・・・ 和辻哲郎 「城」