-
・・・謂わば、弊衣破帽である。けれども私は、それを恥じなかった。自分で、ひそかに、「貫一さん」みたいだと思っていた。幾春秋、忘れず胸にひめていた典雅な少女と、いまこそ晴れて逢いに行くのに、最もふさわしいロマンチックな姿であると思っていた。私は上衣・・・
太宰治
「デカダン抗議」
-
・・・ 博士がえらいものであったのは何十年前の話である。弊衣破帽の学生さんが、学士の免状を貰った日に馬車が迎えに来た時代の灰色の昔の夢物語に過ぎない。そのお伽噺のような時代が今日までつづいているという錯覚がすべての間違いの舞台の旋転する軸とな・・・
寺田寅彦
「学位について」