出典:青空文庫
・・・町中を水量たっぷりの澄んだ小川が、それこそ蜘蛛の巣のように縦横無尽に残る隈なく駈けめぐり、清冽の流れの底には水藻が青々と生えて居て、家々の庭先を流れ、縁の下をくぐり、台所の岸をちゃぷちゃぷ洗い流れて、三島の人は台所に座ったままで清潔なお洗濯・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・そうして新約の時代に到って、サタンは堂々、神と対立し、縦横無尽に荒れ狂うのである。サタンは新約聖書の各頁に於いて、次のような、種々さまざまの名前で呼ばれている。二つ名のある、というのが日本の歌舞伎では悪党を形容する言葉になっているようだが、・・・ 太宰治 「誰」
・・・それは、できるだけ活発に縦横無尽に刀刃を振り回して、しかもだれにもけがをさせないという巧妙な舞踊を見せてくれる。それからまたたいていの人間なら疲れ果てて、へたばってしまうであろうと思われるような超人的活動を、望み次第にいくらでも続けて見せて・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・従ってわれわれのだいじな五体も不断にこの弾丸のために縦横無尽に射通されつつあるのは事実で、しかも一平方センチメートルごとに大約毎分一個ぐらいの割合であるから、たとえば頭蓋骨だけでも毎分二三百発、一昼夜にすれば数十万発の微小な弾丸で射通されて・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・田舎小屋の舞台の上で重吉は縦横無尽に暴れ廻り、ただ一人で三十人もの支那兵を斬り殺した。どこでも見物は熱狂し、割れるように喝采した。そして舞台の支那兵たちに、蜜柑や南京豆の皮を投げつけた。可憫そうなチャンチャン坊主は、故意に道化けて見物の投げ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ この指導者が、縦横無尽という風に、ときに悪態さえ交えながら、しかも、婦人たちの本能的なつつしみには自然のいたわりをもっていて、荒っぽく、しかも淡白な話ぶりをもっていることに、注意をひかれた。この人の悪口は、火の中から出したばっかりの鉄・・・ 宮本百合子 「風知草」