出典:青空文庫
・・・お聞きなさい、御一生の御艱難辛苦を!」 神聖な感動に充ち満ちた神父はそちらこちらを歩きながら、口早に基督の生涯を話した。衆徳備り給う処女マリヤに御受胎を告げに来た天使のことを、厩の中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香や没薬を・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・どう云う艱難辛苦をしても独学を廃さなかった尊徳である。我我少年は尊徳のように勇猛の志を養わなければならぬ。 わたしは彼等の利己主義に驚嘆に近いものを感じている。成程彼等には尊徳のように下男をも兼ねる少年は都合の好い息子に違いない。のみな・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・「それほどまでに二人が艱難辛苦してやッと結婚して、一緒になったかと思うと間もなく、ポカンと僕を捨てて逃げ出して了ったのです」「まア痛いこと! それで貴下はどうなさいました。」とお正の眼は最早潤んでいる。「女に捨てられる男は意気地・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・ 鋭い眼をした主人公が、銀座へ出て片手あげて円タクを呼びとめるところから話がはじまり、しかもその主人公は高まいなる理想を持ち、その理想ゆえに艱難辛苦をつぶさに嘗め、その恥じるところなき阿修羅のすがたが、百千の読者の心に迫るのだ。そうして・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・ とにかく、これだけの艱難辛苦によって一等三角網が完成される。これを基礎としてそれから二等三等三角網が張り渡され、それを目標として局部局部の地形測量を仕上げられるまでのいきさつは、およそ素人の想像に余るものであろう。 地形測量をする・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・彼らが千荊万棘を蹈えた艱難辛苦――中々一朝一夕に説き尽せるものではない。明治の今日に生を享くる我らは維新の志士の苦心を十分に酌まねばならぬ。 僕は世田ヶ谷を通る度に然思う。吉田も井伊も白骨になってもはや五十年、彼ら及び無数の犠牲によって・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」