出典:青空文庫
・・・ここで万物死生の大論を担ぎ出さなけりゃならないが、実は新聞なんぞにかけるような小さな話しではなし一朝一夕の座談に尽る事ではないから、少しチョッピリにしておくよ。一体死とはなんだ、僕は世界に死というような愚を極めた言語があるのが癪にさわる。馬・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・現在の系統は一朝一夕に発達したものではなく、ガリレー以来漸を追うて発達して来たもので、種々な観念もだんだんに変遷し拡張されて来たものである。従って将来はまたどのような変化をし、またどのような新しい観念が採用されるようになるか、今日これを予言・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・しかしこれはなかなか容易な仕事ではない、一朝一夕に一人や二人の力でできうる見込みはない。そうかと言っていつまでも手をつけずにおくべきものでもない。たとえわれわれの微力ではこの虎穴の入り口でたおれてしまうとしたところでやむを得ないであろう。・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・彼らが千荊万棘を蹈えた艱難辛苦――中々一朝一夕に説き尽せるものではない。明治の今日に生を享くる我らは維新の志士の苦心を十分に酌まねばならぬ。 僕は世田ヶ谷を通る度に然思う。吉田も井伊も白骨になってもはや五十年、彼ら及び無数の犠牲によって・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・先生が此論を起草せられたる由来は、序文にも記したる如く一朝一夕の思い付きに非ず、恰も先天の思想より発したるものなれども、昨年に至り遽に筆を執て世に公にすることに決したるは自から謂われなきに非ず。親しく先生の物語られたる次第を記さんに、先生は・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・間の人もこれを許して問わず、上流社会にてはその人を風流才子と名づけて、人物に一段の趣を添えたるが如くに見え、下等の民間においても、色は男の働きなどいう通語を生じて、かつて憚る所なきは、その由来、けだし一朝一夕のことにあらず。我が王朝文弱の時・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・という字であったことと同じような、新鮮な人民的階級文化の下地でした――もちろん古い迷信や習慣というものは一朝一夕に消えてしまわないにしろ。 日本ではこの事情が根本からちがいます。レールの幅は狭軌で能率のわるい鉄道ながら、ともかく日本には・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ こういう面での押し合いは実に一朝一夕に、また一面的に解決されないものだから、近代社会は、その間に、たくさんの犠牲を生み出している。女らしさというものの曖昧で執拗な桎梏に圧えられながら生活の必要から職業についていて、女らしさが慎ましさを・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
魯迅伝から 小田嶽夫氏の「魯迅伝」を少しずつ読んでいる。いろいろと面白い。兄である魯迅と弟である周作人との間にある悲劇は、決して一朝一夕のものではないことを感じた。 魯迅は十三の年、可愛がってくれていた祖・・・ 宮本百合子 「兄と弟」
・・・ふさわしい場面で、その場にふさわしい曲が舞われるというのが即興として許される限度で、そのふさわしさの判断にあたってやはり一朝一夕でない伝統の理解がものを云うのである。 百貨店の娘さんたちの朝から夕方店を閉じるまでの忙しさ、遑のない客との・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」