出典:青空文庫
おれは締切日を明日に控えた今夜、一気呵成にこの小説を書こうと思う。いや、書こうと思うのではない。書かなければならなくなってしまったのである。では何を書くかと云うと、――それは次の本文を読んで頂くよりほかに仕方はない。・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・椿岳は常から弱輩のくせに通人顔する楢屋が気に入らなかった乎、あるいは羽織の胴裏というのが癪に触った乎して、例の泥絵具で一気呵成に地獄変相の図を描いた。頗る見事な出来だったので楢屋の主人も大に喜んで、早速この画を胴裏として羽織を仕立てて着ると・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 横顔はとにかく中止として今度はスケッチ板へ一気呵成に正面像をやってみる事にした。二十日間苦しんだあとだから少し気を変えてみたいと思ったのである。今度は似ようが似まいがどうでもいいというくらいの心持ちで放胆にやり始めてただ二日で顔だけは・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・ それで語学も数学もその修得は一気呵成にはできない。平たくいえば、飽きずに急がずに長く時間をかける事が、少なくとも「必要条件」の一つである。 ただしこれだけでは「充分なる条件」ではない。いくら単語をたくさん覚え、文法をそらんじてもよ・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・恥も糞もあるものかと思いさだめて、一気呵成に事件の顛末を、まずここまで書いて見たから、一寸一服、筆休めに字数と紙数とをかぞえよう。 そもそも僕が始て都下にカッフェーというもののある事を知ったのは、明治四十三年の暮春洋画家の松山さんが銀座・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・が初出に梯子乗を演ずるがごとく、吾ながら乗るという字を濫用してはおらぬかと危ぶむくらいなものである、されども乗るはついに乗るなり、乗らざるにあらざるなり、ともかくも人間が自転車に附着している也、しかも一気呵成に附着しているなり、この意味にお・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・赤賤家這入せばめて物ううる畑のめぐりのほほづきの色 この歌は酸漿を主として詠みし歌なれば一、二、三、四の句皆一気呵成的にものせざるべからず。しかるにこの歌の上半は趣向も混雑しかつ「せばめて」などいう曲折せる語もあ・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」