出典:青空文庫
・・・物事を中途半端にすることのできないたちであった。その性質は自然に往々「我」の強さの形をとって現われた。また一方無学ではあるが女には珍しい明晰なあたまと鋭い観察の目をもっていた。だれでもかまわず無作法にじっと人の顔を見つめる癖があった、その様・・・ 寺田寅彦 「備忘録」
・・・私は明治維新のちょうど前の年に生れた人間でありますから、今日この聴衆諸君の中に御見えになる若い方とは違って、どっちかというと中途半端の教育を受けた海陸両棲動物のような怪しげなものでありますが、私らのような年輩の過去に比べると、今の若い人はよ・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・陽子は益々自分の中途半端な立場を感じ、謂わば、枝に引かかった凧のように憂鬱なのであった。 ――静けさ明るさに溶けるように、「う? う?」 軟かく鼻にかかった百代の声がした。十六の彼女は従兄の忠一の後に大きな元禄紬の片腕を廻し背中・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・のあらゆるもがきが、日本の近代社会の隅々までをみたしている根づよい古さと中途半端な新しさとの矛盾から生れていることを、こんにちの作者と読者とが理解するようには理解していなかった。「伸子」の続篇は、波瀾の多い四分の一世紀をへて、今「二つの庭」・・・ 宮本百合子 「あとがき(『伸子』)」
・・・芸術的な感銘で云えば、すべてのシチュエーションが、感情でも、何でも中途半端の上へきずき上げられている。母のジェニファーは、ほかならぬ女相手のしかも衣裳屋として成功し、立派な店をも持っているからには、純情であろうと十分この世の良識はそなえてい・・・ 宮本百合子 「雨の昼」
・・・ 毛並の房々したその犬は全身が白と黒とのぶちなのだが、そのぶちは胡麻塩というほど渋く落付いてもいず、さりとて白と黒の斑というほど若々しく快活でもなく、中途半端に細かくて、大きい耳を垂れ、おとなしい眼付で自身のそのようなぶちまだらをうすら・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・これまでの自身の中途半端な人生のくらしかたが、その街においてもその村においても、いろいろの思い出とそこに登場して来る人物すべてを作者にとって幽鬼としてしまっている。その幽鬼たちが彼という存在との接触においてかつての現実の事情の中に完成されな・・・ 宮本百合子 「観念性と抒情性」
・・・いまわたしたちが封建社会の崩壊期として理解している幕末と、中途半端な開化期として理解している明治初年についてのさまざまの物語りをもって。おゆきは、二人の祖母のだれも示さなかったやりかたで、明治初年の東京の庶民ぐらしの気分をつたえたたった一人・・・ 宮本百合子 「菊人形」
・・・特に日本ではそれが一つの謙譲なたしなみのようにさえ見られて来た習慣があるけれども、そういう慣習こそ、わるい意味で女の仕事を中途半端なものにしてしまっていると思います。ポーランドの代表的な婦人作家エリイザ・オルゼシュコの「寡婦マルタ」という小・・・ 宮本百合子 「現実の道」
・・・やかで遊惰な雰囲気のニースでバルコンある別荘に住み、恐らくはロシアからかくしてもって逃げて来た金袋を減らしながら、思い出がたりで暮していたであろうお祖母さんオリガの、嘗てあった生活の幻を注ぎこまれて、中途半端な育ちかたをしたことは、ジャンに・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」