出典:青空文庫
・・・ 無意識に輾転反側した。 故郷のことを思わぬではない、母や妻のことを悲しまぬではない。この身がこうして死ななければならぬかと嘆かぬではない。けれど悲嘆や、追憶や、空想や、そんなものはどうでもよい。疼痛、疼痛、その絶大な力と戦わねばな・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・旅行は輾転反側のように見えた。一八八三年三月十四日――イエニーの死後三年目の早春に、人類の炬火のかかげ手カール・マルクスはメートランド・パークの家の書斎の肘掛椅子にかけて、六十五年の豊富極まりない一生を閉じた。〔一九四七年一月〕・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ンツィアとしての作家が政治経済の活動への参加から切り離されていると同時に被動的な社会的立場に置かれて来た大衆の日常ともその知性によって切り離され、次第に芸術の内容を非社会的な、主観と理念と弱小な自我の輾転反側の中に萎縮させて来たことは、見易・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ その歌集を貰った時分、私は青山に住んでいて、生活のうちに落付けず、輾転反側していた時代であった。歌集を読んで、どんなことを云ったか手紙をかいた。そして、或る雪の降る日、自分の息苦しい生活から、雪の外気へとび出るような気持で家を出て、芝・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・決して一人の機敏な精力的な女がアナーキイに感情の二つの極から極へとのびうつる輾転反側では解決しない。アグネスが、例えばソヴェトの新生活の意義についてこの小説の中でも簡単ながら触れているにかかわらず、自身の女としての苦悩は、新社会でどう解決、・・・ 宮本百合子 「中国に於ける二人のアメリカ婦人」
・・・さらによりよい人間の生活の可能を発見しようとしてのもがきであり、試みであり、輾転反側であることは疑いないことを確信していると思う。しかし、よりよい可能の発見のために試みられる努力にも、実に錯綜した条件が働きあっていて、多くの予想しない矛盾や・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・現代の文学は、世相の激動につれて非常に動揺し、ある意味では文学としての基準を失い、男の作家たちの多数が、卑俗に政治化したり、非文学的な著述業に堕したり、自身の文学的境地打開のための輾転反側に陥った。文学は一見隆盛であって、しかもその実質は低・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
・・・ 内心の熱い輾転反側は彼女が十七歳の秋、ジュリアンのアトリエに通いはじめて、やっと一つの方向を見出したように見える。「朝の八時から十二時まで、それから一時から五時まで絵を描いていると、日が早くたってしまう。しかし往復に一時間半かかる・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・ 今日の若い娘が、もしああもこうも考える力をもっていると云うならば、その考える力を輾転反側の動力として空転りさせないで、考える力をあつめて、生涯を貫く一つの何かの力として身につけなければ意味ないと思う。娘時代の絶えず求める心が描いている・・・ 宮本百合子 「若い娘の倫理」