出典:青空文庫
・・・それが鎌倉時代の道も開けぬ時代に、鎌倉から身延を志して隠れるということがすでに尋常一様な人には出来るものでないことは一度身延詣でしてみれば直ちに解るのである。 ことには冬季の寒冷は恐るべきものがあったに相違ない。 雪が一丈も、二丈も・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・その脳力も眼力も腕力も尋常一様の人ではない。利休以外にも英俊は存在したが、少は差があっても、皆大体においては利休と相呼応し相追随した人であって、利休は衆星の中に月の如く輝き、群魚を率いる先頭魚となって悠然としていたのである。秀吉が利休を寵用・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・が現われたとき当時の中学生は驚いた。尋常一様な現実の生活の描写が立派な文学でありうるのみか、あらゆる在来の文学中に求め得られない新鮮な美しさを包蔵しうるという事実を発見して驚いたのであった。アーヴィングの「スケッチブック」が英学生の間に流行・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・したたか馬の太腹を叩いて、からくも四這の不体裁を免がれた、やれうれしやと思う間もなく鉄道馬車は前進し始める、馬は驚ろいて吾輩の自転車を蹴飛す、相手の自転車は何喰わぬ顔ですうと抜けて行く、間の抜さ加減は尋常一様にあらず、この時派出やかなるギグ・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・世界古今の歴史を見ても、その事実を証すべきなれば、政治も学問も、その専業に非ざるより以外は、ただ大体の心得にしてやみ、尋常一様の教育を得たる上は、おのおのその長ずるところにしたがい、広き人間世界にいて随意に業を営み、もって一身一家のためにし・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・これすなわち聖教の聖教たるゆえんにして、尋常一様、小儒輩の得て知るところに非ざるなり。(孟子に放伐論ありなどとて、その書を忌むが如きも小儒の考にして、笑うに堪えたるものなり。数百年間、日本人が孟子を読みて、これがために不臣の念を起したるもの・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・写生にのみ依らんか、絵画はついに微妙の趣味を現わす能わざらん、実験にのみ依らんか、尋常一様の経歴ある作者の文学は到底陳套を脱する能わざるべし。文学は伝記にあらず、記実にあらず、文学者の頭脳は四畳半の古机にもたれながらその理想は天地八荒のうち・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」