いしんでんしん【以心伝心】
文字や言葉を使わなくても、お互いの心と心で通じ合うこと。▽もとは禅宗の語で、言葉や文字で表されない仏法の神髄を、師から弟子の心に伝えることを意味した。「心こころを以もって心こころに伝つたう」と訓読する。
うこうしゅんすう【禹行舜趨】
うわべをまねるだけで実質が伴っていないたとえ。聖天子とされる禹や舜の表面上の行動だけをまねして、実質的な聖人の徳を備えていないこと。禹のように歩き舜のように走って、聖人をまねるだけで実質がない意から。▽「禹」は舜に位を禅譲されて夏王朝の開祖となり、「舜」は尭ぎょうから天子の位を禅譲されたとされる人。いずれも中国古代伝説上の聖天子。「趨」は走る意。
えかだんぴ【慧可断臂】
非常に強い決意のほどを示すこと。また、切なる求道の思いを示すこと。▽「慧可」は中国南北朝時代後期の高僧で、禅宗の第二祖。「断臂」は臂ひじ(腕)を切り落とすこと。この語は後世、画題としても有名。
きゃっかしょうこ【脚下照顧】
自分の足元をよくよく見よという意。もと禅家の語で、他に向かって悟りを追求せず、まず自分の本性をよく見つめよという戒めの語。転じて、他に向かって理屈を言う前に、まず自分の足元を見て自分のことをよく反省すべきこと。また、足元に気をつけよの意で、身近なことに気をつけるべきことをいう。▽「脚下」は足元の意。転じて、本来の自分、自分自身。「照顧」は反省し、よく考える、また、よくよく見る意。「照顧脚下しょうこきゃっか」ともいう。
きょうげべつでん【教外別伝】
悟りは言葉や文字で伝えられるものではなく、直接心から心へと伝えるものであるということ。▽禅宗の語。「外」は「がい」とも読む。
けっかふざ【結跏趺坐】
仏教の座法の一つ。左右の足の甲を反対の足のももの上に交差し、足の裏が上を向くように組む座法。特に禅宗では座禅の正しい姿勢としている。▽「跏」は足の裏。「趺」は足の甲。
けんしょうじょうぶつ【見性成仏】
本来もっている自分の本性・仏心を見きわめて悟ること。すべての人が本来的に仏であることが体感としてつかみうることをいう。▽仏教語。特に禅宗の語。「見性」は自己の本性を見きわめること。
こううんりゅうすい【行雲流水】
空行く雲や流れる水のように、深く物事に執着しないで自然の成り行きに任せて行動するたとえ。また、一定の形をもたず、自然に移り変わってよどみがないことのたとえ。▽「行雲」は空行く雲。「流水」は流れる水。諸国を修行してまわる禅僧のたとえにも用いられることがある。「流水行雲りゅうすいこううん」ともいう。
ぜんじょうほうばつ【禅譲放伐】
古代中国で、王朝が交替するときの二つの方法のこと。▽「禅譲」は君主が徳の高い人物に帝位を譲ること。「放伐」は悪逆で帝位にふさわしくない君主を有徳の人物が討伐すること。太古には理想の禅譲が行われていたが、後には帝位を奪い取る際に、形ばかり禅譲の形をとることも行われた。
めんぺきくねん【面壁九年】
一つのことに忍耐強く専念して、やり遂げることのたとえ。長い間わき目もふらずに努力を続けることのたとえ。▽「面壁」は壁に向かって座禅を組むこと。「九年面壁くねんめんぺき」ともいう。