やすい‐さんてつ【安井算哲】
[1590?〜1652]江戸初期の囲碁棋士。保井算哲とも書く。河内(かわち)の人。渋川春海の父。家元安井家の祖。幼少より碁をよくし、徳川家康に認められて碁所(ごどころ)となった。 ⇒渋川春海
やすい‐しゅんかい【安井春海】
⇒渋川春海(しぶかわしゅんかい)
やすい‐そうたろう【安井曽太郎】
[1888〜1955]洋画家。京都の生まれ。浅井忠に師事。渡仏してピサロ・セザンヌなどの影響を受ける。帰国後、二科会に参加、のち退会して一水会を結成。日本の風土に即しつつ、明るく近代感覚あふれる...
やすい‐そっけん【安井息軒】
[1799〜1876]江戸末期の儒学者。日向(ひゅうが)の人。名は衡。字(あざな)は仲平。飫肥(おび)藩校の助教、のち、昌平坂学問所教授。考証にすぐれたが、海防・軍備などの政策も論じた。著「左伝...
やすい‐どうとん【安井道頓】
[1533〜1615]安土桃山時代の土木家。河内(かわち)の人。豊臣秀吉に仕え、大坂城の築城に従事。のち、東横堀川と木津川とを結ぶ水路(現在の道頓堀川)開通に着手したが、大坂夏の陣で戦死。→道頓堀
やすおか‐しょうたろう【安岡章太郎】
[1920〜2013]小説家。高知の生まれ。「第三の新人」の一人。「悪い仲間」「陰気な愉(たの)しみ」で芥川賞受賞。他に「海辺(かいへん)の光景」「幕が下りてから」「流離譚(りゅうりたん)」など...
やすだ‐ぜんじろう【安田善次郎】
[1838〜1921]実業家。富山の生まれ。幕末の江戸で両替商安田商店を営んで成功し、維新後、安田銀行に改組、また生命保険・損害保険会社を創立し、金融資本中心の安田財閥を築いた。日比谷公会堂・東...
やすだ‐ゆきひこ【安田靫彦】
[1884〜1978]日本画家。東京の生まれ。本名、新三郎。小堀鞆音(こぼりともと)に師事し、同門の仲間とともに紫紅会(のち紅児会)を結成、のち日本美術院の再興に参加。歴史画にすぐれた。文化勲章受章。
やすだ‐よじゅうろう【保田与重郎】
[1910〜1981]評論家。奈良の生まれ。昭和10年(1935)文芸雑誌「日本浪曼派」を創刊、伝統主義と近代文明批判を展開した。評論集「日本の橋」など。
やすつぐ【康継】
[?〜1621]桃山末期・江戸初期の刀工。近江の人。のち越前に移住。通称、下坂(しもさか)市之丞。徳川家康より「康」の字の使用と葵(あおい)紋を銘に入れることを許され、徳川家の御用鍛冶を務めた。...
やすつな【安綱】
平安中期、伯耆(ほうき)の刀工。本名、横瀬三郎太夫。伯州物の祖といわれ、作品に名物「童子切」がある。生没年未詳。
やすはら‐ていしつ【安原貞室】
[1610〜1673]江戸前期の俳人。京都の人。名は正章(まさあきら)。号、一嚢軒など。松永貞徳の門人で、師の没後その正統を自任。編著「氷室守(ひむろもり)」「正章千句」「玉海集」など。
ヤスパース【Karl Jaspers】
[1883〜1969]ドイツの哲学者。現象学的精神病理学の専門家として「精神病理学総論」を著して名声を得たが、のちに哲学へ移行。ハイデッガーとならぶ実存主義哲学の代表者となった。著「哲学」「実存...
ヤスペルス【Karl Jaspers】
⇒ヤスパース